大人になって・・・
ひょんなことから、古いご常連のT君が十五年も昔の「きゅん」とくる話をしてくれた。
ある日、仲のよい学友たちと「蟹が食べたいね」という話になり、メンバーのひとりが蟹一パイ二千円」の情報を仕入れてきた。
早速、店に予約を入れ、駅からぞろぞろ歩いて行き着いた店は、黒々と磨き上げられた車が並ぶ、なんと立派な料亭だった。皆、不相応な店構えに怖気づいた。
出迎えた和服の女将も当然驚いたが、彼等の大胆すぎる低予算を聞いた上で個室に迎え入れ、キャビアの前菜から、土瓶蒸し、・・・勿論、蟹は一人一パイづつ付けて甲羅には熱燗を注ぎ、見事な大人のコース料理でもてなしてくれた。
帰り際、「立派な大人におなりなさいね。そして、もしも偉くなったら、またこの店を使って頂戴」と送り出してくれた。今は皆立派なドクターになり、自分のお財布で堂々と食事ができるようになった彼等は、「全然偉くはないけど、あの日のお礼を込めて、またみんなで行きたいね」と言っているそうだ。
誰しも若い頃、顔から火が出そうな思い出はあるはずだが、大人の懐の深さに救われた時、生涯忘れ得ない経験として心に深く刻まれ、それがその後の人生の指針となることもある。
立派な大人に成長した彼等と、気風のいい女将の笑顔の再会を私も心待ちにしている。
「お車ですか?タクシーですか?」と訊かれたら多分、彼等は今でも「電車で行きます」と答えるだろう。
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