忘れません・・・
幼い頃から遺影でしか知らない伯父。
父の葬儀の後、お墓に参る度に、戦死した伯父の墓石裏に刻まれた「昭和十九年一月二十五日没・享年二十三歳」の文字を切なく眺めた。
幼い頃聞かされた伯父の温厚な人柄に、戦争によって二十三年で終えた短すぎる人生が重なって、もう一度手を合わせずにいられない。
母は、その伯父に嫁いだばかりだった。
「あの娘を是非」と言い残し出征した伯父に、母は一人、嫁いで間もなく戦死の知らせを受けたという。
悲嘆に暮れる両親を残し、実家に帰りきれなかった母は、両親に懇願され、終戦後復員した弟の妻となった。あまりにひどい話だが、当時は意外に聞く話だったという。
父は伯父と違いワンマンで豪胆な人だった。
歳の離れた姉は幼い頃、祖父がよく伯父の遺髪を取り出しては泣いていたことを憶えている・・・と言っていた。
昨年暮れ、実家の床の間を掃除していて、一枚のコピーが目に留まった。戦艦らしき写真と年表が記してあった・・・。
一体何だろう・・・と、不思議に思っていると、次兄が「伯父さんのお墓に戦死された日が刻んであるけどね・・・。遺骨が戻ってきたわけでもなく、一体、この命日が本当だったのかどうか、せめて知りたくなってな・・・。図書館で調べてみたら、・・・やっぱり本当だったよ。伯父さんが乗ってた戦艦はあの日、撃沈されとった・・・」。
何事につけ、優しい兄である。
母が以前「あの子はどことなく一俊伯父さんに似とる」と言っていたのを思い出した。
忘れかけていたちいさな記憶の断片が、伯父の人柄に符合して少し複雑だった。
「一等駆逐艦・涼風(スズカゼ)・・・・・1944・1・25カロリン諸島で米潜スキップジャックの雷撃を受け沈没」。
墓石に刻まれた、伯父の短い生涯に思いを寄せるきっかけになった一枚のコピー・・・平和で自由な時代しか知らない私たちの生活が、悲惨な犠牲の上に成り立つものだということをせめて私は忘れずに居たい。
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